家族のための「うつ病改善ガイド」

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【うつ病体験談2】母から暴力や暴言を受ける家庭環境で育ったことがうつ病を発症した原因だったと思います。

現在もうつ病で苦しんでいらっしゃる女性にお話をうかがいました。幼いころからお母様による暴力や暴言を受けてきたことで、他人との関わり方を知らずに育ったことがうつ病を発症した原因ではないかとのことです。

 

何度も何度もオーバードーズによる自殺未遂があったそうですが、今現在は理解のある旦那様のサポートもあって、改善の方向に向かっているそうです。


 

1.幼いころから母に暴力や暴言を受けてきました

 

うつ病になりやすい性格で「真面目」「責任感が強い」などが挙げられますが、私の場合これらほとんどに当てはまるだけが病気のきっかけではないと感じています。

 

幼い頃から、母に暴力や暴言を受けて来たので、上手な人との関わり方と言うものを知らずに今も生きています。人と上手く関われなければ当然ストレスは溜まりますし、人間関係の摩擦は社会人としての生活に多大な悪影響を及ぼします。それによって、心身共に病んでしまうのではないかと思っています。

 

うつ病になりやすい人と言うのは、性格だけではなくアダルトチルドレンなど、育った環境によるものも大きいのではないかと考えています。

 

2.社会人になってから自分の異常さに気が付きました

 

学生時代から生きにくさと言うのは感じていました。同性に好かれにくい性格だったと思います。幸い異性に好かれやすい外見なようで、恋人を作るのには苦労せず、心の拠り所は恋人だけでした。

 

 

うつと言う言葉が広まり、自分自身の異常性に気が付いたのは社会に入ってからでした。まず、過敏性腸症候群になったことがきっかけでした。過活動膀胱にもなったり、過敏性腸症候群が酷いときには座っているのも辛いほどの激痛で、職場を早退して家で休んでいると不思議なことに痛みも治まるのです。

 

3.思い切って心療内科に行きましたが期待を完全に裏切られました

 

情緒不安定に悩み始めた頃、思い切って評判の良かった心療内科に行って、涙ながらに辛い状況を語りましたが、軽い精神安定剤を処方されただけでした。胸の内をさらけ出し、不安を抱えながら行った病院で、私としては行って無駄だったと言う印象しか受けませんでした。

 

以来心療内科に行く気はなかったのですが、過敏性腸症候群で調子が悪かった時にかかった近所の病院が、内科と心療内科併設の病院で、ストレスからかもしれないからと心療内科に回され、心療内科に相談すると言う方法をここで見つけることが出来ました。

 

しかし、長年過敏性腸症候群が悪化したり治まったりを繰り返している今となっては、当時出して貰った薬は私には合っていなかったんだなと思っています。今は3種類の薬で状態を見ながら調節していますが、とにかく先生に言われた薬をただ沢山飲んでいました。

 

一向に改善しない時は、どんな病気でも先生に相談し薬を変えて貰ったり、上手く行かない時は病院自体を変えることも一つの方法だと、長い時間かけて学びました。薬だけでなく、合う先生と合わない先生、もしくは病院と言うのはあるものでした。

 

4.心理カウンセラーに話を聞いてもらうとリラックスできました

 

心療内科の知識しかありませんが、心療内科は基本的に薬でストレスによる体調不良を治すところですから、カウンセリングとは別物と考えた方が良いと言う結論を私は持っています。

 

話を聞いて欲しい時は、カウンセラーのいる病院を選ぶべきと思います。何度かカウンセラーさんに話を聞いてもらったことがありますが、一時間なりじっくり悩みを打ち明けられるので、お医者さんに話すよりもリラックス出来ます。

 

 

心療内科は大抵混雑していますので、お医者さんもゆっくり患者の話を聞いている時間はないのが現状です。私の場合、うつ病だけではなく不安症と言う疾患名がついたり、境界性パーソナリティ障害まで発症したのがとても大変でした。

 

5.身内の心無い言動に心が折れてしまいました

 

夫の裏切り、暴言による離婚で相当参っていたときに、身内の心無い言葉や無理解が一番堪えました。上場企業で30年も勤めているような父からすれば、私は心の弱い人間、怠けに見えたのでしょうし、自分の事さえ持て余している母からは面倒な娘に思えたのでしょう。

 

日頃、夫の良いところばかりを実家に話し、夫を受け入れて貰おうとしていたことが、この時ばかりは裏目に出たのかもしれません。両親は夫を庇い、子どもが可哀そうだからと離婚に否定的でしたが、数々の夫の暴言はとても酷いものでやり直そうとしてきた気持ちも折れていました。

 

話を聞いて貰うことも出来ず、責められるばかりで、あの頃失った身内に対する信頼感は今でも尾を引いています。「いのちの電話」と言う相談ダイヤルに何度かお世話になりましたが、精神的DVだから離婚した方が良いと言われ、気持ちを肯定してくれる第三者の方が実の親より余程自分を救ってくれました。

 

6.離婚後、実家を出て遠くに引っ越しました

 

一番助けてくれたのは、学生時代からの友人達が話を聞いてくれたり、慰めてくれたことでした。夫のことを打ち明けると、離婚を反対する人は一人もいなかったのに、何故両親だけが過ちを犯し、DVに走った夫を擁護するのか受け入れることの出来ない日々でした。

 

離婚後すぐに祖母を亡くしたり、子どもが骨折で死ぬかもしれないと緊急入院したりと、心が折れる一方でした。そんな中、再会した旧友に結婚前提でつき合いたいと言われ、最初は断ったのですが、淋しさに耐えきれず相手の「大丈夫」の言葉を安易に信じ、故郷から離れ遠くに引越しました。

 

 

実家から逃げたい気持ちもあったでしょうし、幼い子ども達には気持ちを吐露することも出来ませんから、毎日一緒に寝起きし、食事をとる相手が欲しいと切望していた私には希望のようにも思えました。

 

7.精神安定剤を何十錠も飲んで救急車で運ばれました

 

しかし、彼も育った環境で屈折していた部分があり、弱った私を支えられるような人ではありませんでした。電話で話すことが出来ても、身近に友人がいないと言うのは思った以上に淋しいことで、そんな中彼に喧嘩中無視されたことが、私にはとても堪えました。

 

とうとう、私は持っていた精神安定剤を何十錠と飲み、救急車に運ばれました。これが初めての自殺未遂でした。その後あるきっかけで強いPTSDも患い、無責任で半端に優しい彼の元真綿で首を絞められるような生活を送っていました。

 

 

彼と別れ地元に戻ってからも、孤独や不安は常に付き纏い、何度もオーバードーズを繰り返しました。リストカットなどとは違い、本当に死にたい一心なのですが、痛みは怖く、300錠くらい薬を飲み体を壊しかけたこともありました。

 

何度病院に運ばれたか覚えてもいません。けれど、世間体で実家に戻るなと言われた私は、相変わらず幼い子供達と孤独を抱えながら暮らす日々でした。友達と子ども達を連れて一緒に出掛けたりと、皆が良くしてくれたのですが、家族との縁がないと言うことは辛いことなんだなと振り返ると思います。

 

8.子どもたちの存在が唯一の心の支えでした

 

何度か男性との交際を繰り返し、騙されたこともありましたし、傷ついたことも沢山ありました。その失敗が余りに大きく辛くて、依存するのを止めようと思いました。最後にはいつも子ども達の存在が、私を引きとめていたのだと思います。

 

きっと子どもがいなければ、とっくに死んでいたのではないかと思います。一人で子ども達と生きて行こうと思い始めたのが、立ち直る第一歩だったと思います。

 

とにかく母子家庭でも生活していける仕事に就き、それはそれでストレスもあったのですが、依存関係がオーバードーズなどを引き起こす原因だったんだと思います。淋しさは相変わらずありましたが、決意すると随分違うもので、通院してお医者さんに相談しながら仕事ともつき合って行きました。

 

9.再婚して心が少しずつ安定してきました

 

転機が訪れたのは、再婚でした。再婚相手は、学生時代からずっと懇意にしていた友人で、私が悩んでいた時期も随分助けてくれ、心配もしてくれました。恋愛感情はなかったので、結婚は考えていなかったのですが、相手の熱意やお互い既に家族のような絆があったので、結婚に至りました。

 

結婚当初はオーバードーズも相変わらずありましたが、元々そんな私を理解していたことや、それでも私を見捨てない愛情に、次第に信頼感も強くなり、心の安定に繋がったように思います。

 

うつは簡単には治るものではないでしょうし、私自身未だ毎晩悪夢を見たり、出来ないことに悩まされています。ですが、身近に自分を理解しようとしてくれる家族がいることで、今の生活を幸せだとは思えるのです。

 

10.今の夫の「頑張らなくていいよ」の一言で救われました

 

うつを治すと言うよりも、先ずは心の安定や幸福感を得る生活をすることが大事なのではないかと思います。本当の治療はそこからなのではないかとも思うのです。

 

真面目な性格だと、出来ない自分に罪悪感を感じてストレスを溜めて、余計に悪循環を招きます。そんな時、ありのままを家族が受け入れてくれたら、ものすごく楽になるのです。「頑張らなくていいよ」と私が初めて今の夫に言われた時、とても心が軽くなったことを今でもよく覚えています。

 

 

引きこもりやニートでは本人の将来に良くないでしょう。そんな時は本人が出来る範囲の努力をする手伝いを家族に是非してもらいたいと思います。失敗しても何度でもやり直せばいいんです。

 

アルバイトだって、何も働かないよりずっといいのです。人から見たら小さな努力でも、その為にどれだけ頑張ったか認めてくれる人がいれば、何より大きな支えになります。

 

11.家族や周囲の方にお願いしたいこと

 

家庭環境でうつになる人もいるのではないかと話しましたが、それだけ家族が及ぼす影響と言うのは大きいと思っています。しょせん毒親である両親に期待出来ない私は、可愛い子供や理解してくれる夫に恵まれ、自分でも幸せになれるんじゃないかと、いつかうつも治るのではないかと希望を見出し始めました。

 

本人に大切なことは幸せになることを諦めないこと。家族や周囲が出来ることは、自分の常識を押し付けず、決して否定的にならずに寄り添ってあげることだと思っています。

 

 


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ひとりひとりの症状に合わせて取り組める、現実的で具体的なうつ病改善プログラムです。

食生活を見直してうつ病を回復させるノウハウ。患者本人よりも、ご家族におすすめです。



「心理カウンセラー等」によるうつ病改善プログラム
下園式うつ病改善法 金本式うつ病改善法

心理カウンセリングの技法「認知療法」に、自分で取り組める「プチ認知療法」のプログラムです。

現役整体師によるうつ病改善プログラム。お薬やカウンセリングで効果がなかった方におすすめです。

患者本人だけでなく、ご家族の方にも参考になるプログラムがいろいろあります。

 



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